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障害者映像文化研究所

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アメリカ映画「ピーナッツバター・ファルコン」

アメリカ映画「ピーナッツバター・ファルコン」 

 ダウン症の青年ザックが養護施設から脱出して、飲んだくれの漁師タイラーと出会い、二人で逃避行する物語。
 身寄りがなく老人ホームに収容されて不満がたまったダウン症の主人公は、幼い頃から夢見ていたプロレスラーになろうと、深夜に逃げ出すものの困り果てて、転がり込み寝ていた川岸の船で、タイラーに巡り会う。トラブルを起こして逃亡を余儀なくされていた中年男は、他人に迷惑をかけてばかりのダメな人物だったが、兄を亡くして落ち込む彼はザックの天衣無縫さに惹かれて、イヤイヤながら彼を連れて、お金も車もない旅を始めるのだが…。そこに、ザックを探しに追いかけてきた施設の看護師エレノアも加わり、奇妙な旅が展開していく。
 タイラー役には「トランスフォーマー」で主役を務めたシャイア・ラブーフ、エレノア役には「フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ」で主演したダコタ・ジョンソンという豪華なキャスティング。
 旅の途中で様々な人々と巡り会い、主人公が知らなかった世界が見え始める。そして、かつて憧れていたプロレスラーの養成学校にたどり着けば夢が実現すると信じていたザックの明日は開けてくるのか…?
 ダウン症のザック・コッツファーゲンと障害のある俳優たちのキャンプで出会った本作の共同の脚本・監督のタイラー・ニコルソンとマイケル・シュワルツが、ザック本人の「僕たちのために映画を作ってくれよ」という希望に応えたのが企画のスタートだという。いささか破天荒なストーリー展開ではあるが、夢を追い続けるダウン症の青年のリアルなパワーが画面に溢れている。30度を越える蒸し暑さで有名なジョージア州の大自然のもと、ユニークな人間ドラマが進んでいく。「ファルコン」とはハヤブサのこと。主人公につけられた愛称だろうか。
 初の長編監督を務めた2人の若手作家の熱気と、専門の演劇学校で学び非営利映画製作団体に所属してインディペンデント映画に出演を重ねている主人公のエネルギーに敬服する。ザックには、2018年に世界ダウン症財団より、その活動を評価するクインシー・ジョーンズ賞が贈られているという。
[2019年/アメリカ/97分]【原題「THE PEANUT BUTTER FALCON」】     [2020年2月7日封切、順次全国公開]
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アメリカ映画「マザーレス・ブルックリン」

映画「マザーレス・ブルックリン」

 舞台は1950年代のアメリカの大都会ブルックリン。この地の探偵事務所で働くライオネルは、親分のフランクからブルックリンと呼ばれている。ライオネルにはチック症(トゥレット症候群)という障害があり、時折り無意識に妙な言葉を発してしまうため、周囲から奇異な眼で見られてしまう。彼を含めて孤児院から引取り育ててくれたフランクへの忠誠心が探偵スタッフの強い絆となっている。しかし、親分が調査のトラブルで銃撃され殺されてしまう(ブルース・ウィリスが演じ、すぐに消えてしまうのが残念)。
 事件の謎を追って主人公ライオネルは、親分が狙っていた標的の関係者に近づいていく。そこで浮かび上がってきたのは、黒人が多いマイノリティの居住地域の再開発計画であり、その利権に群がる人間たちと、それを利用して自分の理想の街づくりを進めようとする異色の人物であった。
 黒人たちの権利のために活動する組織のリーダーであるローラと知り合い、警戒されながらも親近感を抱く二人。彼女も主人公の障害を気にすることなく、本音を語る彼に好意を感じていく…。ところが、彼女の父親が経営するジャズクラブを軸に、新たな殺人事件が連続して生じる。一体、なぜ…。
 主人公は障害を持ちつつ、格別に優れた記憶力という才能を持ち、それを生かして事件の真相に迫っていく…。
 製作・脚本・監督、そして主演も務めるエドワード・ノートンというクリエーターの天才的能力に驚かされる(監督業は19年振りとの事)。黒人女性活動家ローラを演じるググ・バサ=ロー(「美女と野獣」2017にも出演)もチャーミングで、影に立つ人物役のアレック・ボールドウィン、その彼と因縁深い不思議な男のウィレアム・デフォーが迫力ある存在感を発揮している。また、事件の後半の舞台となるジャズクラブで披露されるパワフルな音楽もこの作品の魅力のひとつになっている。
[2019年/アメリカ/144分]【原題「Motherless Brooklyn」】[2020年1月10日公開]

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日本映画「37seconds」


 主人公は23歳のユマ――彼女は出生の時、37秒間、息ができなかったために脳性マヒとなる。車椅子の身ではあるが絵の才能を生かして親友の漫画家のゴーストライターとして仕事をしながら母親と暮している。娘の全てを心配し口うるさい母との葛藤、幼い時に姿を消した父への憧憬、そして障害ゆえの不完全燃焼感――そんな日々の中で、主人公は独り立ちを決意し、夢に向かって行動に移る。
 コミック誌の女性編集長に画を見せたら「セックスの経験は?描けるかしら?」と問われ、母に隠れて研究を始め、実体験に挑戦しようとするのだが…。そこで出会った同じ障害者の男性(熊篠慶彦=映画「パーフェクトレボリューション」の実在のモデル)の世話をする女性(渡辺真起子)、介護士の男性(大東駿介)と親しくなり、全く新しい世界に目を向けていく。そして、消えた父の残したイラストの手紙を手がかりに、その在りかを追い始める…。そこに現れたのは想像を越えるドラマだった!
 アメリカで映像を学び、ハリウッド・スタッフの表現力を駆使して、オリジナル・シナリオを見事に演出したに日本人の若き女性監督HIKARI(サンダンス映画祭で絶賛された実力が評価されNHKが参画してこの作品が実現!)。この期待に応えて、全くの素人ながら、同じ障害を持つ佳山明(メイ)の素晴らしい表現力。娘のために生きてきた母を演じる神野三鈴の強烈な演技力。観客を引き込む予想外のエンディングに向かっていくパワフルな展開とヒューマンな感動が、ベルリン国際映画祭のパノラマ観客賞と国際アートシアター連盟会長賞のダブル受賞をもたらしたのも納得の力作である。
 新鋭監督の描き出す、人間世界を見下ろすような超越した宇宙的存在を感じている主人公のイメージ・ショット、様々な夜のシーンに映り込む赤や青の光の点滅など、斬新な映像設計が心に染み入る作品であることにも注目してほしい。
[2019年/日本/115分]【原題「37seconds」】[2020年2月7日封切、順次全国公開]

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記録映画「東京パラリンピック」

記録映画「東京パラリンピック 愛と栄光の祭典」

 2020年となり、メディアではオリンピックが前面に登場している。昨年の秋には、そのマラソン競技を巡る開催地変更問題が騒ぎとなり、現在のオリンピックの本質が“アスリート・ファースト”ではないことが図らずも世界中に知れわたることとなった。
果たして、真夏の東京でのスポーツの祭典は大丈夫なのだろうか?

一方で、そのオリンピックの次に開催されるパラリンピックに向けて、多彩な取組みが進められている。
障害者スポーツへの注目と感心が高まることで、日本の選手たちのステップが広がることを期待している。
この一環として公開されるのが、今から半世紀も前に東京で開催されたパラリンピックの公式記録映画である。
その当時の日本の社会における障害者スポーツを巡る状況を反映させた貴重なドキュメンタリーで、幻の映像と言えよう。
そのデジタル版としての上映である。解説(ナレーション)は名優の宇野重吉(劇団民藝の中心で演出家でもあった:寺尾聰の父親)、音楽はこの時のオリンピックを担当した日本を代表する作曲家の團伊玖磨(昭和20年代からNHKや東宝映画も手がけ、今井正監督『ここに泉あり』や山田洋次監督『馬鹿が戦車でやって来る』などを担当:エッセイ『パイプのけむり』が有名)。監督・脚本・撮影は渡辺公夫(衣笠貞之助や田中絹代が監督した作品の撮影カメラマン)。

日本が「高度経済成長」を遂げていく時代、まだ障害者への社会福祉制度も十分ではない状況のもと、東京オリンピックが終わっての「国際身体障害者スポーツ大会」が初めて「パラリンピック」という名称で呼ばれる時、そこに集められた障害を持つ競技選手たちは、海外の選手たちとの交流を通じて、競技の経験や社会保障制度の隔たりと違いを強く意識させられるのである。
しかし、その中で、障害を抱えながらもスポーツにより社会との関わりを強め、人生の希望を確かなものへと変えていく選手たちの息吹が伝わってくるようである。日本の障害者スポーツの原点を見る思いがする作品。

ちなみに、この映像に登場するグットマン博士(英国)が国際的な障害者スポーツのリーダーであり、そのもとに留学した中村裕医師(1964~80年の夏季パラリンピック日本選手団長)が赴任した大分の国立病院での実践は、別府の「太陽の家」という障害者の職業的自立を目指す施設(日本の車椅子バスケットの発祥の地)や「大分国際車椅子マラソン」へとつながっていくのである。

【1965年/63分/モノクロ/日本/初公開:1965年】[2020年1月17日より東京公開]

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閉鎖病棟

ホームページ「閉鎖病棟」画像


2019年11月1日全国公開!!
精神科医療の現場での人間模様を描く映画

『閉鎖病棟 ―それぞれの朝―』

上映時間:117分


精神科医の帚木蓬生が25年前に出した素晴らしい小説「閉鎖病棟」の映画化である。(実は、1999年に小さなプロダクションが映画化し、2001年に「いのちの海 Close Word」という題名でひっそりと公開され、筆者は鑑賞後の「違和感」をまだ覚えている)。
帚木蓬生は1947年生まれ、東大仏文科を卒業しTBSに入社しながらも、2年後には退社して九州大学医学部に入り精神科医となり、病院勤務を得て開業医という現役の異色な医師・作家という存在である。[朝鮮半島から日本に連行されてきた男の苦難の人生を描いた「三たびの海峡」(1992年/第14回吉川英治文学新人賞受賞)という分厚い力作は圧倒的な迫力で、映画化もされている。
また最近は、「ギャンブル依存とたたかう」(2004年/新潮選書)や「ギャンブル依存国家・日本〜パチンコからはじまる精神疾患」(2014年/光文社新書)などでギャンブル依存症の問題を鋭く告発している]

今回の映画では、原作にある登場人物がほぼそのままに出されているが、メディアに出た情報によると脚本の設定は2006年前後に変えられているという。
小説に描かれた情況は今から40年前(1980年代)で、当時の精神科病院の様相が詳細に描き出されている。
しかし、映画では現代の事象の如くに見えることから、精神医療を知らない多くの市民には、精神科医療の現場についての「誤解」が生じてしまうだろう。
映画の中心的な登場人物の周囲にいる障害者たちは、自閉症や発達障害など異なる障害を抱えており、数十年前の「閉鎖病棟」の様相がそのような状態であったのは事実だけれど、現代の精神医療の現場とは基本的に異なっているのでは…。

また「閉鎖病棟」という管理システムの意味も、映画を見ているだけでは正しく伝わらない。
病棟や居室の間にある鉄格子の扉を、いちいち鍵を開け閉めて出入りする看護師の作業は、相当に昔のイメージであるが、一方で、入院患者が「自由」に外出しているという描写は、過去・現在どちらの治療現場についても「混乱」と「誤解」を与えてしまうのではないだろう…?(いわゆる「野放し」論の餌食にされてしまう危険があるのではないだろうか)

今回の映画を見て、また「違和感」を感じてしまうのは、何故なのだろうか…。
素人ながら精神医療の現場を少し知っている人間として、「なぜ、どうして、こうした描き方になってしまうのだろうか?」と考えてしまうのである。
映画作家たちが、こうした作品を創りたいのは分かるのだけれど…。

死刑執行の「失敗」で生き長らえて車椅子暮らしの身となり「非公式」に精神科病院に預けられた男(梶木秀丸=笑福亭鶴瓶)、彼の日常生活を支えているのは統合失調症に悩む男(塚本チュウ=綾野剛)の静かで単調な日々…。
秀丸は妻や母を殺めた罪を背負っており、そのトラウマに苦しんでいる。
中年となったチュウさんは自分の生き方に強い不安を抱え、親族(実の妹とその旦那、その背後には認知症の母親の存在)との「対立」に悩んでいる。
そこに入院してきたのが、義父からの性的虐待を受け、実の母親からも疎まれて自己の存在を否定せざるを得ない少女(由紀=小松菜奈)だったが、彼女は2人との触れ合いの中で少しずつ「回復」していく。
しかしある日、薬物中毒だったヤクザの男にレイプされる事件が起き、病棟に暮らす面々の生活は騒然とした状況へと急転していく…。

映画「おとうと」(山田洋次監督/2010年)や「ディア・ドクター」(西川美和監督/2009年)で社会的な日陰で生きる人間を見事に演じた笑福亭鶴瓶の渋い演技、派手な刑事やヤクザを演じると見事な冴えを見せてきた綾野剛の抑えた表情、凛としたたたずまいの看護師を見せる小林聡美の存在感。初めての脚本を手がけたというベテラン監督の平山秀幸は、壮絶な幼児虐待のトラウマを描く「愛を乞うひと」(1998年)など、異色の作品を生み出している。

「生きづらさ」を抱えて生きる人々の存在を意識した映画という意味は、分かるのだけれど…。


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| 映画情報 | 16:48 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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